2012/03/13

世界一かっこいい不合格者


塾報で卒パの案内を送ったら、
どうしても出れないから電話したいと連絡が来た。
仕事を終えた後、ついさっきまで電話で話す。

至福の時間。

その塾生が、すこし前に送ってくれたメール。


「たった今最後の塾指導が終わりました.
この一年本当にお世話になった深井兄さんには感謝の思いでいっぱいです.

自分は早稲田国際教養学部一本で挑みましたが、結果、落ちました.
正直なんだか実感がわきません.
あまり悔しくないし、悲しくもないんです.
これは自分が完全燃焼しきれずに負けたからなのか、はたまたこの一年で学び、得た内容が悔しさを凌駕するほどとても大きかったからなのか、また負けも何もまだ勝負は終わっていないからなのか.

今の自分にはこれら全てがあてはまります.
早稲田での試験が終わり、会場を出た時、自分の手には手応えはなく、早くも不合格を確信していました.しかし、頭はさっぱりとして心も満たされていました.
偏差値27から早稲田を目指しbe動詞も知らなかった高校二年生がよくもまあこんなとこまで…思えば遠いとこまできたもんだ.
そんな事をおもいながら、早稲田を目指すきっかけとなったヒィリピン留学、早稲田を目指してから出会ってきた人達、道伴舎、馬場さんとの劇的な出会い、学校での教師陣との対立、携帯のiモードを切った10月26日、毎朝作ってくれたおかんの弁当、朝一にのりこみ奪うように陣取った図書館の席、勉強をして知識を増やす事で世界平和がどれだけ難しい事かわかった時の衝撃、でも不可能ではなく歴史も平和を求めていたと知った時の感動.
受験を始めてからの記憶が走馬灯のように駆け巡り、気づいたら悲しくもないのに涙が出てきました.

結果は落ちてしまいました.
結果が全てと言われたらそれでおしまいですが、自分はこの受験期を通して、合格不合格以前にもっと大きな価値のある内容を得る事ができました.
いつかの塾報で馬場さんが「結果が全てじゃない」 的な事を言っていて、受験勉強したての当時は、「そんなに甘くはない、受かるか落ちるかだ」とおもいながらその塾報を読んでいましたが、今となってはその言葉の意味がよくわかります.
勿論、受かるに越したことは無いんですが、結果も含め、本気でやってきたらその全てが自分を大きくしてくれると.

自分は春から茨城の知り合いのところに出稼ぎにでます.
一年働いて、また早稲田を目指すつもりです.
現役での勝負には負けてしまいましたが…
諦めてないから、まだ勝負はついていません.
受かるまで諦めません.
自分には世界平和という野望があるので.
その時はまた道伴舎に世話んなりたいと思います.

最後になりましたが、馬場さん、道伴舎には本当にお世話になりました.

ありがとうございました!」


過去問では、合格最低点を優に超えたこともあった。
ほんとによく頑張った。
でも、結果以上のことを、お前は得たはず。

こういう男が、未来を創っていく。
お前はMr.道伴舎生だよ。

頑張れよ。