2012/04/25

リスペクトできる喜び、できない悲しさ。


道伴舎空間になにかを書いてほしい、
と知り合いにちょこちょこ依頼している。
その基準ってなんなのだろうと話していたら
「リスペクト」という言葉が浮かんできた。

小さい頃、マンガやアニメのキャラクターを
そっくりそのまま真似しようとしてた。
がんばって「かめはめ波」を出そうとしたり。
でもそれは「あこがれ」で、「リスペクト」とは違う。

そっくり真似しようとは思わないけれど、
相手のいいところを見つけて共感している。
そうした中で、自然と影響されるものもある。
そんなリスペクトができる相手がいるのって、
すごく気持ちいいし、幸せなことだ。

自分の調子がそれなりによくないと、
誰かをリスペクトするのはむずかしい。
心をひらけない状況では
人に対して斜に構えるし、卑屈にもなる。
高校をやめて荒んでいた頃の僕は
オリンピックに出て頑張ってる選手を
「運に恵まれた筋肉バカ」だと思っていた(ひどいね)。

でも、それって悲しいことだ。
自分の可能性を、自ら投げ出してしまっている。
相手の中に自分とは違うなにかを見つけ、
それを「いいね」と認め、よさを感じられること。
おもしろいことって、人間の可能性って、
そこから生まれ、すこしずつ大きくなっていくと思うんだ。
だから、うちの社内でも「リスペクト」は大切にしたい。

いつしか僕の周りにはリスペクトできる人が増えた。
リスペクトは年上だけでなく、年下にだって、よくある。
そうした人のありようが伝われば、
誰かの「あこがれ」を生むかもしれない。
最近は、そんなことを考えながら
「書いてくれないかな」と依頼してます。

◎「社員旅行は書けないネタが多すぎる」by用務員。
   行間を想像してみても、なかなかおもしろいかも・・・?