2012/04/27

教育とは、黒ひげ危機一発。


「教育とは無限の可能性を信じること」。
この飯吉透さんの言葉に僕は100%同意する。
でも、いざ「無限の可能性を信じ」て
教育っぽいことを自分なりにやってみると
自分がしていることに意味があるのだろうか
と考えさせられてしまうことが、たまにある。

そもそも「可能性」という言葉って、
あいまいで、イメージしづらいものだ。
若者に「お前には可能性があるんだよ」と言っても
おそらく、きょとんとするだけだろう。
でも、やっぱり、その上でなお、
それを語り続けることが大切なのだと思う。

僕が高校を辞めてぶらぶらしていた頃に
近所に住む80歳くらいの教育者の人に言われた
「君には可能性があるよ」という言葉だって、
具体的なイメージはなにひとつ浮かばなかった。
でも、その人がこの世から去ってしまった今も
あの時に感じた情熱はかわらず心に残っている。
時を重ねるほど、その暖かさは増した気さえする。

そう考えると、教育とは
「黒ひげ危機一発」のようなものかもしれない。
自分の語る言葉のどれがヒットするかは分からない。
やってみた行動に意味があるのかも分からない。
でも、だからこそ自分の手駒を惜しみなくつかって
ただひたすらに相手が「飛び出す」のを待つ。

たとえ100のうち99までがムダだって、
残りのひとつが人生を変えることがある。
実際にそれを確かめられるのは50年後だとしても、
あるいは、いつまでも確かめられないとしても、
それによって相手が「飛び出す」時がくると信じて
いまここで、言葉と行動のかぎりを尽くす。
その姿勢からにじみ出る言葉では言い表せないもの。
それが「無限の可能性」を伝える鍵なんじゃないかな。

そんな姿勢をバカだと笑う人もいるだろうけれど、
バカであることは教育者の条件なのかもしれない。
だって、そうじゃなきゃ無限の可能性なんて信じられない。
だったら僕はひらきなおってバカに徹してやろう。
君が飛び出す日がいつか来ると信じて、ね。

◎ようやく重い腰をあげて
   道伴舎の指導のページをつくっています。
   明日には、上げられるかなぁ。。。