2012/04/29

「ふつう」か「ふつうでない」かで悩むなら


僕は自分のことを「ふつう」の人間だと思ってる。
なにが「ふつう」なのかというのは難しいけれど、
とにもかくにも僕は「ふつう」なんだ。

自分が「ふつう」か「ふつうでない」のか。
このテーマは、うちの社内ではときどき話題になる。
「ふつうでない」っぽい人が多いからなのだろうけれど、
でも、おそらく「ふつうでない」人ほど
自分のことを「ふつう」だと感じるんじゃないかな。

「ふつう」か「ふつうでない」のかって、
ほかとの比較によって決まるわけで。
でも、ほかとの比較をしないで生きてるからこそ
独自の世界が生まれ、「ふつうでない」とおもわれる。
たとえば僕の友人の占い師とかね。
あいつはきっと自分を「ふつう」だと思ってる。

だから「ふつう」か「ふつうでない」かに
こだわっているうちは、たぶん「ふつう」なんだ。
すなわち、こうしてそのことについて書いている僕は
「ふつう」の人に違いないということ。
まぁ、でも、それでいいじゃないですか。
僕にとって僕は「ふつう」以外の何者でもないのだから。

ビジネスの世界では、ありふれたもの、
つまり「ふつう」になってしまった物事のことを
「コモディティ」というふうに呼ぶことがある。
コモディティは差別化要因がないから競争によわい。
だからみんなコモディティになるまいと知恵を絞る。
でも、コモディティかどうかを問題にしているうは
たぶん、その先の世界へと突き抜けられない。

「ふつうでない」くらべをしてないで、
自分の「好き」や「楽しい」といった直観を信じること。
そのセンサーと、そこで生きる力を磨き続けること。
そうやって進んでいれば、あまり後悔しないと思う。
だから「ふつう」でも「ふつうでない」としても、
それはたぶん、どっちだっていいんだよ。

◎そんな直観を信じて指導ページ製作中。
   思ったより時間がかかって、まだ上げれず・・・。
   写真のコピーは、もちろん夜のノリですよ。