2012/05/05

自分の意志で踏み出す一歩の価値


サッカー・カメラマンになるといって
受験をやめてイタリアへ飛んだあいつは
いま、なにをしているのだろう。
気持ちよく晴れた今日の昼下がり、
外を流れる神田川の気持ちいい音を聞きながら
ひさしぶりに小説を読んでいたら、ふと思い出した。

受験から逃げ出したわけではない。
むしろ、ゼロから勉強をはじめて1年足らずで
志望校での合格点をたたき出していた彼は、
逆転合格の理想的なストーリーを歩んでいた。

担当の指導スタッフと僕とで
何時間かにわたって話し合ったが、
彼の意志は固かった。
「いま行かないと、ダメな気がするんです」
彼の家族も納得したということもあって、
僕らは最終的には彼の選択を後押しした。
「いいカメラマンになって、報告しろよ」
そう伝えて、最後の指導を終えた。

彼は受験勉強を通して自信をつけた結果、
勝利をその手にする直前に
それを自ら手放して、次なる挑戦へと向かっていった。
あの時はいろいろと考えさせられたけれど、
いまは彼の選択は正しかったと思う。

とはいえ、誰も彼もが彼のように
受験前に情熱を抱ける道を見つけられるわけじゃない。
だから、それを見つけるために
大学に行くという選択肢が意味を持つのだろう。
実際、身分保証された自由な4年かそこらの時間は、
人生を切り拓く基礎体力を身につけるためには十分だ。
ただし、使い方を間違わなければという条件付きで。

残念ながら、日本の大学は高い学費のわりには
与えてくれるものが圧倒的に少ない。
だからそれに危機感を抱ける感度の高い学生は、
たとえば、今週の塾報を書いた照屋のように、
あるいは、フィリピンに行っている池永のように、
また、休学してインターンをしている朴や、
オンデマンドの授業だけ取って
半年間ベトナムへ行っている真野のように、
自分の人生を切り拓く力や出会いを求めて
大学とは違う場所で学ぼうとするのだろう。

いつだって、どんな形だって、いいのだと思う。
大切なのは自分の意志で一歩を踏み出すこと。
それだけが、その人の人生を立ち上げる。だから。
受験の前でも、後でも、日本の内側だって、外側だって、
自分の意志で踏み出す一歩を後押しできる塾でありたい。