2012/06/09

たしかに「理解は誤解の総体」だった


そんなことがあるのをすっかり忘れていた頃に
大隈塾TAの方から受講生の感想を送っていただいた。
書いてくれた122名の合計で、約3万5千字。
これだけの感想を一度に読むのははじめての体験で
ひとつずつじっくり読ませてもらいました。

まず感じたのは「ほんとうにありがたいな」ということ。
だって、僕なりに心を込めて語ったことを
ちゃんと受けとめて言葉を返してくれるんだよ?
それだけで病みつきになりそうなくらい嬉しい。
それから、たくさんの意見を読みながら浮かんだのは
村上春樹の「理解は誤解の総体」という言葉だった。

「一つひとつの意見がもし見当違いなもので、
僕が反論したくなるようなものだったとしても、
それはしょうがないんですよね。
僕は正しい理解というのは誤解の総体だと思っています。
誤解がたくさん集まれば、
本当に正しい理解がそこに立ち上がるんですよ。
だから、正しい理解ばっかりだったとしたら、
本当に正しい理解って立ち上がらない。
誤解によって立ち上がるんだと、僕は思う。」

「それは褒め過ぎじゃないかなー」というものから
「ちょっと見当違いだなぁ」という意見まで含めて
総体としてはたしかに「正しい理解」と感じられる。
そんな経験をさせてもらえたのはありがたかったし、
おおよそ好意的に受けとめられていたのも嬉しかった。
誤解をさせてしまった点のいちばんの理由は
僕の時間配分のミスや語り方の至らなさだったので、
これから話す上で大いに参考にさせてもらいます。
(そのあたりの補足は三日前の記事で書きました)

最後に、感想の中に「(クラスの)班で考えた質問」として
手を挙げてくれたのに時間の都合で答えられなかったものが
少なくともふたつあったので、以下に書いておきます。

①固有性と、サバイブすることと、どちらを優先すべきか
「言い換えると、理想を抱えて死ぬべきか、
理想を捨ててでも生き延びるべきか」とあったけれど、
答えはもちろん「サバイブすることが最優先」です。
20代の終わりに近づいた僕が伝えたかったのは
「サバイブする」のは学生時代に考えるほど簡単ではなく、
そのことに危機感を抱いてほしい、ということでした。
じゃなければ、あんな失敗談は話さないよ。笑
夢見がちな受験生にありがちなことだけれど、
合格体験記のような成功者の話ばかり読んでいると
たいした努力もしていないのに
簡単に「自分もそうなれそうだ」と錯覚してしまう。
で、どこかで現実にぶちあたって挫折して諦める。
それは、あまりにももったいない。
大切なのは押し寄せる荒波をかいくぐりながら、
「いつか理想を実現する」のを目指して
今を肉体的に、精神的に、経済的にサバイブすること。
そういうふうに捉えられれば
ヤバい大波もプロセスとして楽しんで乗り越えられる。
少なくとも僕はそうやって生きてきたけれど、
まだ成功者じゃない僕だからこそ、それを伝えたかった。
社会に出た人には共感してもらえると思うけれど、
思ってた以上にサバイブするのは大変ですよ、ねぇ?

②「個」をもった「仲間」は意見が食い違うのではないか
うん、そういうことは起こり得ると思います。
でも、それと合意に至れないのとは別の話。
むしろ「個」をもっていればいるほど
他の「個」を尊重しながら話を進めていける。
だからこそ合意に至ることもできる。
場合によっては「個の固有性」の核となるような
どうしても他人に譲れないものもあるだろうけれど、
そういう人同士はそもそも仲間にならないでしょう。
むしろ、問題なのは「個」を持たないまま
自己主張だけ持っている人の集合体だと僕は思う。
「譲る」という行為は、
自分にとって何が大切かが分かっていないとできない。
それが分かっていない人同士の集団では
適切な「譲り」が行われないことによって
意見の食い違いが埋め難いように思えます。
それで険悪になって空中分解したりして。
学生のサークルでは、こういう問題が多いかもしれない。
ただ、僕自身はそういう集団にコミットした経験が
ほとんどないので、正しいかは保証できません。
ひとつだけ言うとすれば、「個」をもっていることと
日常の自己主張の強さは、ほとんど関係ないと思います。

◎写真の手前は「一見大人しそうな、個を持っている人」。
◎Ustreamの録画をPC以外で再生できないという声を
   何人かから聞いたので、こちらに仮アップしました。