2012/06/15

新連載を読んで思うこと


たとえば写真左奥で腕組みしている天野くん。
高2の夏前くらいに入塾してきて、
その頃は物静かな登山部の部員でした(部長?)。
それが大学受験から2年くらいしか経ってないのに
(僕にとっては)ものすごい前衛的な演劇をやってて。
それはそれは、けっこうな衝撃なわけです。
たぶん観劇に来てたお母さんもそう感じていたはず。
でも、そういえば、振り返れば当時から
独特のフェティシズムを持ちあわせてはいたな。

そんな天野の入塾より遡ること1年ばかり。
シンプルというか手抜きというか、
古ぼけた一枚の小さな写真と
テキストだけからなるウェブサイトを引っさげて
インターネットの片隅で産声を上げた小さな私塾に、
半信半疑ながら勇気を振り絞って申し込んだ
富山の雪深い山奥に住む高校3年生がいたわけです。
ちなみに、開塾初日の話です。
それが5年経った今では

人生、どんなことが起こるか分からない。
彼らだって、あるいはもちろん僕だって、
一歩違えばまったく違う人生を送っていた。
いまはその人生が日常になっているけれども。
よかったのか悪かったのか、
それは誰にも、本人にだって分かりはしない。
進んだ道を「よかった」と思えるように努力するだけ。
そうやって日々を生きている。

でも、すくなくともそう思い続けるために
自分の可能性を捨てないでいられているのは
とにかもかくにも、よかったんじゃないだろうか。
うちの塾が彼らがそう思うために
ほんの少しでも前向きな貢献ができたのだとすれば、
それは小さくない達成と言ってもいいのかもしれない。

それを捨ててしまうのは一瞬だ。
そして、それを握りしめて生き続けるのは
小さな頃に思っていたよりもだいぶ難しい。
でも、どうせいつか終わる人生なのだから
その時まで自分の可能性を捨てる必要はないぜ。
そう思い続けながら、あるいは語り続けながら、
最後のその時がくるまで生き続けていきたい。