2012/07/04

インドネシア編その2 「マニー」


農作業をしている現地のおじさんの姿を
写真で撮ろうとした日本人観光客に対して、
おじさんはとびっきりの笑顔でポーズをとった。
僕はそれを横から眺めて「いい国だなぁ」
なんて呑気に構えていたのだけれど、
写真を撮り終えた後、おじさんは近づいてきて
ニコニコしながら「マニー」と手を差し出していた。

おお、さすが。
おじさん、ちゃっかりしてる。

なんて僕は感心していたのだけれど
写真を撮った人がそれに応えないと分かると
おじさんのニコニコ顔は一変して
現地の怪物の石像みたいな険しい形相になった。
ここまで変化すると、もはや「芸」の領域だな、
なんてことを考えながら僕が思ったこと。

おじさんが「マニー」というのは
日本では褒められた行為ではないけれど、
僕がインドネシアに生まれて
おじさんと同じような境遇で育っていたら、
まったく同じことをしていたと思う。
だからそれを同情したり非難したりするのは
僕は好きじゃないしすべきでもないと思う。
ポイントはそこではなくて、僕がそのおじさんの
ぶすっとした表情を見ながら感じたのは、
それもまた「ポーズ」なんだなぁ、という発見。

おじさんは、笑顔でポーズを取って
観光客に写真を撮られることに対して対価をもらう、
というようにして「働いて」いたのだろう。
でも、それが「マニー」にならないと分かった時に
鬼のような形相のポーズを取ることによって
「マニー」にならない労働を取り返そうとした。
おじさんが意識していたかどうかはともかく、
それは、ちょっと大袈裟な表現をすれば
己の人としての尊厳を守る行為、と言えなくもない。

鬼の形相で別のポーズを明確に示すことで
「マニー」で売り渡せないものをはっきりさせる。
「俺とお前らはたまたまこういう関係でいるし
たしかに俺のほうが暮らしは大変だから
写真くらい金をくれれば撮らしてやるけれど
でも、人間としては平等だってことを忘れんなよ」
と、おじさんは無言で語っているように思えた。

なかなかシビれるシーンだったのだけれど、
どうなんでしょう、僕の考え過ぎなのかな。
まぁ、なにはともあれ40年という月日は長くて、
そのような売り渡すべきでないものへの自覚も
もしかしたら押し流してしまうのかもしれないなぁ、
なんてことを、彼の国の未来を思い描き、
そのモデルでもある自国のことを考えて、
複雑な気持ちになったショート・トリップでした。

◎写真は大隈塾の学生と村田先生。
   うちで働く社員に話を聞くという企画で来訪。
   写真の右下は、元中学部スタッフの金広。
   しおめが急遽入院となってしまったので、
   用務員を中心に、途中からは砂川も交えて
   興味深い対話が繰り広げられたのでした。