2012/07/10

満ち足りた時代にほしいもの。

本日はオフィスの近くにある
「板」という広島焼きのお店で、
体験指導で出社したガタさんと
しおめと用務員との四人で晩飯。
安くて美味い、良いお店です。
今日は「牛すじんポン酢」の
圧倒的な旨さを大発見して
幸せな気持ちに浸ったのでした。


こんな美味しいものがいつでも食べられる。
でも、そもそも食べるのに困ることなんか
数十年前のこの国ですら普通にあったわけで、
いま僕らが生きているような
衣食住が満ち足りた生活というのは
人類史的には非常に、ひじょーーに稀なことだった。

そのことを僕らは事実としては知っているけれど、
学校で強調して教えてくれるわけではないから、
想像力を働かせないと感じることはできない。
そして目の前の課題に追われるうちに日常に埋没して
「なんか息苦しくてぱっとしねぇなぁ」
と三度の飯をパクパク食べながら思うわけです。
三度の飯にありつくことが
幸せそのものだった時代もあったのにね。

とはいえ、衣食住が満ち足りた時代に育った僕らは、
幸か不幸か、三度の飯だけではやっぱり物足りない。
では、これから僕らは何を求めればいいのだろう?
なんて広島焼きを食べながら話していて僕が思ったのは。

僕は自分のため以外に生きることはできないけれど、
それは自分が何かを得ることではない気がする。
だって僕はこうやって仲間と広島焼きを食べた後では
心も体も十分過ぎるくらいに満ち足りていて、
それ以上に欲しいものなんてほとんど思い浮かばない。
だから、そうじゃないものが大切なんだろうなぁ・・・。

そして思い浮かんできたのは砂川だったりするわけです。
ここに満ち足りた時代の生き方のヒントがあったか、と。