2012/07/12

君が受験勉強をしている理由


ある塾生が僕に
「大津のことについてどう思いますか」
とおそるおそる問いかけてきた。

いじめを原因に学校をやめた経験のある彼にとっては
この事件を僕がどう思うのかに興味があったのだろう。
僕はウェブでのニュース以上のことを知らないが、
こうした事件のたびに思うことを繰り返して語った。

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この事件が表面化するすこし前に、
「よく分からないし答えも出ないこと」という記事で
僕自身が犯罪者になりかねなかった、と語った。
それを今回の事件に沿って再び語るとすれば、
僕が亡くなった少年になる可能性だってあったし、
一方で、家族や教育委員会や学校やいじめた側に
なる可能性だって十分にあった、ということだ。

ところで、この事件について検索していたら
いくつかのまとめサイトが検索結果に表示された。
そこは家族や学校や教育委員会やいじめた側への
さまざまな方向からの誹謗中傷であふれていた。
そのことについては、君はどう考えるだろう。
「ネットではよくあること」と笑って済ませるだろうか。
だとすれば亡くなった少年の周りにいた人々も
「よくあること」だと見過ごしていたと考えられないだろうか。

想像力も知識もない若い頃は、
物事を単純化して一方的に裁断しやすい。
でも、それはほとんど必ず間違っている。
なぜ学校が見過ごさなければならなかったのか、
あるいは、ここまでひどいいじめに発展したのか、
それを考えれば安易に批判することなんてできない。

僕は批判が悪いといっているわけじゃない。
でも、批判は改善を前提として行わなければ
「いじめ」の構造と本質的には何も変わらない。
それを読んでも頭も心も動いていないようなら、
この事件を引き起こすことになった周囲の人と変わらない。

2012年7月10日の朝日新聞の記事によれば
「自分も見て見ぬふりをしていて、
これも立派ないじめと気づいたときは、
本当に申し訳なかった」
といじめに気づいていた生徒が語ったという。

誰だってそうなんだ。後になって気がつく。
その時に痛む心は、すべての人が持っている。
でも災禍が起こってからでは取り戻せないものが
多過ぎることを僕らは歴史を通して痛感してきた。

僕は今回の事件については
あいかわらずよく分からないし、答えも出ない。
でも今回の事件に対して悲しみと困惑を抱ける
センシティブで素直な君がやるべきことは、
その「もやもや」を失わないように抱え、大切にすること。
そして、思考と想像力を止めないこと。

「もやもや」を解決することを志して
知識と想像力を結びつけるところに「学問」は生まれる。
そして、その場所へ行くために、
君はいま受験勉強をしているんだぜ。