2012/08/17

ホイアンにて思うこと。


全開の「世界遺産の街、ホイアン。」の続き。

ベトナムという国に勝手な親近感を抱くようになった。
国土の広さも、緑の多さも、人口も、顔つきも似ている。
文化的にも中華文明の影響をとても強く受けてるせいか、
たとえば食事は僕らにはとても美味しいと感じられる。
歴史的にも(日本を含めて)何度も侵略を受けていて、
最近ではベトナム戦争で地球の悲劇を一身に背負った。

時代の覇権文明の影響を受けながら
なんとか生き延びて独自の文化を発達させてきたベトナム。
30数年前に戦争が終わり南北統一したばかりのこの国は
いろいろな意味で日本と似ていると感じる一方で、
より複雑で、悲しい歴史と文化を持っているように思える。

そのひとつを挙げれば、文字の断絶がある。
この国の言語は歴史的には漢字表記が中心だったが、
フランスの植民地になったことでその伝統は廃れて
クォック・グーというアルファベット文字が主流になった。
南北統一後はそれがそのまま国語となったために、
ごく一部の知識人を除いて漢字の読み書きができない。
そのことによって、どれだけ文化的成熟が妨げられたか。
文字はおそらくこうした現象の代表例に過ぎなくて、
度重なる侵略によって引き起こされた断絶は、根深い。

これだけ大きな国が歴史や文化が断絶している上に、
共産党の一党独裁で政治や行政は腐敗しきっているため、
もはやどうにも手がつけられない状態であるように思える。
たしかに経済は発展し続けるのだろうけれども、
ひとつの国の基盤は経済だけで成り立つわけじゃない。
僕は一国の文化や歴史の同一性へのこだわりはないけれど、
たとえば自分の町の歴史や文化にアクセスできれば、
たとえ町の名前や区分が時代によって変わったとしても、
その町のゴミ拾いを頑張ろうという気持ちも生まれやすい。
そのような共同体とのつながりを失ってしまった時、
人々はどうやって自分自身の行いを意味づけるのだろう?

そんなことを、ホイアン名物「ホワイトローズ」という
白いバラのような見た目も美しいワンタンを食べていると、
真野が「ベトナム人家族の結びつきの強さ」を語っていて
なるほど、それもこういうことに関係しているのかな、
と僕は考えていたのか、考えていなかったのか・・・。
たぶんその時はたいして考えずに「感じていた」ので、
こうしてここで言葉にしてみたかったのかもしれないな。

ともあれ、ベトナムのご飯はどこにいっても美味しい。
街角の一杯数十円の屋台のフォーさえも素晴らしい。
束の間のリゾート気分を満喫した僕ら道伴舎一行は、
明朝ホーチミンへ戻り、その翌日はシンガポールへ。
楽しく美味しく学びの多い旅は、いま、折り返し地点です。


◎何かのイベントと思しき集会を眺めていると、日本語で
 「毎日こうしてゴミの分別を教えています」と言われた。
 聞くと、JICAの派遣でホイアンに来ているとのこと。
 こんなところで地道に活躍をする日本人もいるんですね。
 世界中でこうした地味な貢献を重ねた日本人のおかげで、
 僕らはこうやって気ままに旅できているのだろうなぁ。