2012/08/21

ラッフルズホテルにて思う。


シンガポール最後の夜はラッフルズホテルへ。
ここはシンガポールの歴史が詰まったホテルであり、
僕の敬愛するイギリスの小説家、
サマセット・モームの名を冠した客室がある。
ホテル名をタイトルにした小説を村上龍が書いてもいる。
僕にとって、シンガポールへ来る以前に
唯一知っていたといってもいい場所でもある。

僕らはこのラッフルズホテルのメインバーであり、
名カクテル、シンガポール・スリングの生まれた
ロング・バーにて、生バンドの演奏を聞きながら
この旅のしめくくりとしての乾杯をしたのでした。
数十年前、この場所でモームが僕と同じように
グラスを傾けていたと思うだけで
ごくごく個人に、感傷的になってしまった。

僕らはささやかな私塾で働く身であり、
わずか3人の貧乏旅行といえども
この旅は会社にとって決して小さくはない出費だった。
それでも、わざわざ貴重なお金と時間を割いて
現地に足を踏み入れる価値は十分にあった、と思う。

ほとんどいつも3人一緒に行動していたから
見たものは同じだけれど、感じたことはたぶん違う。
それぞれが何を吸収して
どんなふうに消化するのかは、僕らにも分からない。
でも、この旅は確実に何かを変えた。
それも事前の想像を超えたインパクトで。

はじめての全員参加での社員旅行。
その行き先には二人の元スタッフがいて、
うち一人は道伴舎の初代の塾生でもあった。
この二人がベトナムとシンガポールにいなければ、
僕らはこの旅をすることはなかった。
こんな旅が、これからも増えていくのかもしれない。
そう思うと未来の楽しみがまたひとつ増えた。

ほとんどの塾生は、いま、真夏の日本で
どこかにこもって勉強しているのでしょう。
忘れてほしくないけれど、
ベトナムやシンガポールでの生活を満喫している
真野にも池永にも、そんな時代はあった。
むしろ、人並みよりは苦しい受験時代だったと思う。
孤独な受験勉強と海外で活躍する彼らの姿とが
どこかでつながっているとは、にわかには信じがたい。
でも、それは間違いなくリンクしている。
真野と「5年前が信じられないね」と言いながら
ベトナムで飲み交わした夜のことは忘れられないな。

いま君が机に向かっている時間は
どこかで必ず未来へと結びついている
挑戦の結果がどうなるかはだれにも分からない。
でも、いまこの瞬間を妥協するか否かは
100%、自分で左右できることのはず。
ならば、今の自分がヘタレだったとしても
ヘタレなりの100%を出し尽くせばいい。
歯を食いしばって踏み出し続けた一歩だけが
想像を超えた世界へと自らを運んでくれるのだから。
今でも僕はそれを自分によく言い聞かせている。
その原体験を得たのは、僕にとっては受験だった。

人生を旅にたとえるとすれば、
そこには勝利も敗北もないのだと思う。
その過程で何を見て、どんな人と出会い、
自分がどのように変わっていったのか。
それだけが、旅のすべてなのだと思う。
人生いろいろあったけれど、
一歩ずつ踏み出し続けてきてよかった。
そんなふうに思えることが旅の褒美だとすれば
今夜は、そんな一夜に数え入れられるのだろう。
池永と「サマセット・モーム」というマティーニを
飲みながら、そう僕はしみじみ思ったのでした。


さて、僕ら一行はシンガポールを既に出て、
ベトナム・ホーチミンで最後のフライトを待っています。
最後(7度目)のフォーを食べて、あとは乗るだけ。
日本に戻ったら、僕らの「シーズン後半戦」に、突入です。