2012/08/23

年齢という常識を打ち捨てたい。


故人の人生をたどりながらこう思うことがある。
「この人がx歳でこれくらいなら、俺だって・・・」。
とりわけ学生時代にはそう思うことによって
自分を鼓舞しようとしていたような気がする。

でも年齢という常識は鎖なのかもしれない。
年齢にふさわしい行動をしなければならない。
年齢に見合ったことを学ばなければならない。
年齢に応じた成長をしなければならない。
幼い頃から言われ続けるこのような常識は
「こうあらねばならない」という鎖で僕らを縛り付ける。

18歳だから。28歳だから。
そんな限界を勝手に作る必要はないのだろう。
年齢なんて、幻想のひとつだ。
そう思うことは常識を打ち破る鍵なのかもしれない。
自分でつくりあげた鎖なら、自分で断ち切れる。

年齢だけに限った話ではない。
「こんな自分だから、こんなことはできない。」
そうやって、どれだけの鎖を自分にかけているだろう。
誰も縛ろうとはしていない。縛っているのは自分だ。

「今の自分にはそんなことはできない」。
そう思っているのは自分だけだ。
僕らは他者が一瞬にして変わるのを見ている。
常識を打ち破れば、僕らだって瞬時に変われる。

僕は18歳のある日を境に変わった、と思う。
28歳の僕はもう、それができないのだろうか。
いや、そんなことはないぜ。
18歳の諸君に挑戦状を叩き付けたい気持ちで、
僕はこれからも変わり続けるのだろうと思っている。

年齢なんて人類が作り上げた決まりごとだ。
誰かが勝手に作った暦に合わせて生きる必要はない。
僕らは、ただひたすらに「いまここ」を生きるだけだ。
だからこそ。
一瞬の一点に、すべてを注ぎ込んで生きたい。

次の10年も、そうやって生きたいと思う。
ベトナム・シンガポールから帰ってきて、
すこしずつ心に火がついてきたと感じる。
燃えながら生きる方が、やっぱり性に合ってるな。

◎昨日より、いつも通りの指導がはじまった。
 「いつも通り」にこそ、挑戦し続けていこう。