2012/09/28

子どもの頃は、その瞬間瞬間を全力で生きていた。 〜プールで学んだこと2〜


あいかわらず楽しく泳いでいます。

「プロセス」を大切にしていると
自分が上達しているのを実感できて、おもしろい。
ウェブサイトに書いてある泳ぎ方の「コツ」を
いきなり全部やろうとしてもそれは無理で、
ひとつの「コツ」を意識して実践して
それが自然とできるようになってはじめて、
次の「コツ」に取り掛かれる。

じゃないと、一気に全部やろうとして
結局フォームがバラバラになって
疲れて泳ぐことがイヤになっていく。
受験生の勉強法の習得のプロセスを
まったく別のフィールドで実感しています。

最近はぐいぐい進むようになってきて、
魚みたいに進む感覚を楽しんでいるのだけれど、
まだどこかに力が入っているせいか
200mくらい続けて泳ぐと息が上がってしまうので、
もうすこし泳ぎ方を上達させてから
1000mとか1500mでのタイムを
意識しながら上達を目指そうと思っています。

この市営プールはたぶん2歳の頃にはじめて来て、
それ以来、10年くらいお世話になっていたし、
いまも小さな子たちがたくさん遊んでいるので、
来るたびに自分が小さかった頃のことを思い出す。
それで、ちょっと感傷的になったりしてね。

思えば、小さな頃は遊びたくて仕方なかった。
学校が終わって公園で遊びはじめると
日が暮れて家に帰らなきゃならないのがイヤで
とにかくその瞬間瞬間を全身全霊で遊んでいた。
門限までに帰らなければならなかったから、
プールでも時間が惜しくって、一生懸命泳いでいた。
効率も、損得勘定も、利害関係も、なんにも考えずに。

大人になるにつれて
僕らはその瞬間瞬間の楽しさではなく
遠くにある「目標」や「結果」を求めるようになる。
それは、きっと社会がそのような仕組みだからだし、
ほとんどの大人もそれを自然なことだと思っているから、
子どもは、それらが大事だという価値観を
知らず知らずのうちに受け入れてしまう。
それは、きっと大人にも責任があると思う。

子どもは「目標」や「結果」を達成することで
お父さんお母さんが喜んでくれるのを知っている。
だから、多くの子どもが無意識のままそれを目指す。
でも、それらをすべての子どもが得られるわけじゃない。
だから多くの子どもはどこかで「恥ずかしさ」や
「自分はダメだ」みたいな気持ちを抱かざるをえない。
それが、いろんなところで反動のように吹き出す。
そんなことが至るところで起こっているのに
それが自然な状態だと済ませてしまっている現状。
それは、ちょっとおかしいと僕は思うよ。

子どもの頃は、時間なんて気にしなかった。
ただただ、その瞬間瞬間を全力で生きていた。
ただ、それだけでよかったのに、今もそれでいいのに、
なんで、そうでなくなってしまうのだろう。
笑い声と叫び声をプール中に響かせる
子どもたちの姿を見て、そんなことを考えていた。

◎読書の秋について、#ff4500、更新されてます。
 「竜馬がゆく」→「深夜特急」の流れは
 まったくもって同じ道を僕もたどりました。
 その辺が、僕と甲斐の、一見すると
 似てないようで似ているところなのかもしれないな。
 「非日常へのショートトリップ」を、どうぞ。
◎写真は、前回に引き続き、全体MTGの1コマ。