2012/12/26

固有の文体。まっとうに生きる。



『学欲』を一読した友人から
「馬場はまだ固有の文体を獲得できていない」
と指摘された。
書き上げた直後に言われるとツラいが、
初稿を書き上げてから二ヶ月近く時間の経った今、
友人の指摘に率直に同意できた。
というか、嬉しかった。
僕には、
まだ出会っていない文体があるのだと確信できれば、
それを獲得するために行動すればいいのだから。
こうした気づきを与えられる時、
友人に恵まれた幸せを感じる。

僕は僕なりに、まっとうな言葉、
まっとうな文章を書きたいと願ってきた。
現れては一瞬にして流れ去る
膨大な情報に取り囲まれた暮らしの中で、
船の錨のように、
生活の確固たる基盤となる言葉や文章を
生み出したいと思ってきた。
その目論見は、それなりに成功したと思う。
でも、振り返れば、
僕はまだまだ文章を書くことと
真剣には向き合っていなかったのかもしれない。
あるいは、人と語ることにも。

友人に指摘されて、なんとなく感じていたことを確信した。
僕は言葉や文章をないがしろにしていたのだろう。
それは、小説家になるという夢を
二十三歳で諦めた時にはじまっていたように思う。
この「くうねるまなぶ」は、
最初は毎日書くことを目標にしていたのだけれど、
いつしか書くことそれ自体が目的化して、
言葉が上滑りしてしまいつつあった。
それを恐れていた僕は、書くことを躊躇していた。

文は人なりという言葉あがるように、
言葉を粗製濫造していると、
その人自身の心は荒れ、生活も粗くなっていく。
だからこそ『学欲』は、
できるだけ僕の等身大の、生の言葉で書こうと務めた。
細かな設計をせず、
自分の内側から生まれてくる言葉のままに書き上げた。
その結果は、読んでくれた感想の通り。でも。
まだまだ僕の固有の文体の獲得までには至っていないが、
未熟な僕の二十九歳のささやかな達成としては、
認めてやってもいいだろうとあらためて思っている。

よかったなと思うのは、
「まっとうな言葉」「まっとうな文章」
「まっとうな人間」「まっとうな生き方」を目指すことを、
僕は一度も捨てなかったこと。
途中で失敗を犯したことは数え切れないし、
「お前がまっとうなわけないだろう」
という突っ込みは甘んじて受け入れるけれど、
それでも、自分の心を裏切り、
進むべき方向性を見失ったことは一度もなかった。

そうやって生きてきたからこそ、
自分に対して信頼が生まれた。
未来に対して希望が抱けた。
現れては流れ去るいまこの瞬間の繰り返しの中で、
過去から未来へと続く方向性を捨てずに、歩んでいきたい。
というわけで、もうちょっと文章と真剣に向き合って、
書いていきたいと思います、という宣言文でした。

『学欲』の感想でいちばん嬉しかったもののひとつは
「読み始めたら次に何が書いてあるのか気になって、
午後を使ってすべて読みました」というもの。
この本が自分に必要だと直感的に気がついた人が、
読みはじめたら最後まで一気に読んでしまう本を書きたい、
と最初から考えていた。
だから、この感想は本当にほんとに嬉しかったな。
逆に、いちばん悲しかった感想は、
母親の「難しいわね」という一言。
(いや、ポジティブなことも言ってくれたのだけれど)。
いや、でも、まぁ、そうかもしれません。
反省して、次に活かします。

アマゾンに上がっているKindle版『学欲』は
誤植を修正してアップロードしました(ウェブ版はこれから)。
クレジットカードがなくて買えないという声が多かったので、
0円にしようと思ったら、
アマゾンの下限が100円だったので下げられず。
でも、スマホでの電子書籍は想像以上に読みやすいので、
年末の前にどうにかできないかと考えてます。
なにはともあれ、これで『学欲』の推敲は終わったので、
安心して年末を迎えられそうです。

卒塾生体験記、読むたびに感動します。
 「これあんたらが書いたんでしょ?」と母親に言われたが、
 いや、違うぜ。ぜんぶ、卒塾生が自分で書いてます。
 
◎「しおめが聞く」、小竹の更新です。
 付き合い長い上に自分が話に出てくると、コメントしづらい。
 感慨深い、というのが正直なところかなぁ。笑

用務員日誌も、絶賛更新されています。
 実は、ここにはまだ載っていない動きが、
 いろいろあったり・・・? お楽しみに、どうぞ。